脇谷のりこ宮崎県議会議員

宮崎県議会議員

自由民主党 宮崎県連 女性局長

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プロフィールprofile

1957年
9月22日 宮崎市佐土原町下田島に生まれる
生まれて6か月で、両親は離婚。2歳上の兄は父が引き取り愛媛へ、私は母の実家である佐土原へ預けられ、母は県外へ働きに行き、約3年ほどして帰郷。
私の小学校入学を機に、曾祖父母のいる児湯郡新富町へ。
小売店を営みながら細々と4人で暮らす。
新富町立富田小学校 → 富田中学校 → 宮崎県立高鍋高校
中学、高校時代の部活は、新体操部。 どちらもキャプテンを務める。
高鍋高校時代は綾部先生指導のもと、個人、団体で、3年連続インターハイに出場。
高校卒業後、海外の旅行添乗員になることを目指し、上京して、神田外語学院国際ガイド科に入学
仕送りがなかったため、働かなければならず、 会社の寮から通学しながら、毎晩飲食店で働き、次年度の学費を貯める。
2年間の勉学に励んだが、仕事と勉強の両立ができず、卒業間際で挫折。
その後、東京の海外留学斡旋会社に就職。 自分も海外留学を目指し、昼夜、働きながら資金を貯め、
2年後に会社を辞めて、カナダバンクバーに3か月ほど語学留学。
帰国後、東京の海外旅行代理店「ノザーク・インターナショナル」に勤務。 ジェットツアーの代理店として、旅行企画、パンフレット作成などに携わる。
2年間勤務したが、母一人子一人であったため、ここで帰郷を決心。
1982年
宮崎へ帰郷後、MRTラジオが募集していた、
ラジオカー“スクーピー”のオーディションを受ける。
全くの素人であったが、それまでの様々な体験と面白さが受けて、100人ほどの中から1人採用。
1年契約であったが、ちょうど2人体制の切り替えの時期により1年半勤務。
契約が切れた後は、フリーとなり、メディア業界に入る。
テレビやラジオ番組のオーディションを受けて、数々の番組を担当。 テレビ番組やイベントの司会のほか、CMナレーションなどの幅を広げる。
1985年
結婚して、仕事をしながら2児を育てる
1999年
男女共同参画社会について勉強会などに参加し、
「男女(ひとひと)ネットワーク」や「女性政策研究会」の立ち上げ時のメンバーとなる。
地域の公民館にて、「若いお母さんのための自分磨き講座」 「コミュニケーション講座」などを主宰。

また、エアロビクスインストラクター資格を取り、5年間ほどエアロビクス教室を主宰。

フリーアナウンサーとしては、テレビやラジオに多数出演、
主な番組は「国民健康保険提供 オレンジタイム」
宮崎ケーブルテレビ「五時生!テレビ」 ラジオ「日向かぼちゃでこんにちは」「ほえろ!90歳」など
「秘密のケンミンショー」では、地元のお母さん役で出演。
CMナレーターとしては、数々のCMを担当。 そのほか、お祭りなどのイベントや式典などの司会。結婚式の司会は1200件ほど。

また、仕事を続けながら、PTA役員や、長女の吹奏楽部役員を務める。
地域まちづくり委員会では、「教育・文化・スポーツ部会」を一人で立ち上げ、
学校と地域の連携事業「ふれあいイン小松台」は現在も継続中
自治会では副会長として活動し、地域の祭りの司会もボランティアで活動。
テレビ・ラジオのレギュラーが終わり、
下の娘が高校生で手が離れたことにより、念願だった大学への進学を決意
2006年
武蔵野大学 通信教育部人間関係学部心理学課程に入学
2010年
大学卒業と同時に、日本心理学会認定心理士取得
2011年
地域まちづくりのボランティアをしていたことから一念発起!
宮崎市議会議員に初挑戦して2位で初当選
新人議員5人で会派「みやざき未来」を結成。4年間、代表を務める
2015年
宮崎市議会議員 2期目
地方創生特別委員会 副委員長
2016年
子ども・子育て支援対策特別委員会 委員長
2017年
市民経済委員会 委員長
2018年
12月、宮崎市議会議員を辞職して新しいステージへ
2019年
4月、宮崎県議会議員選挙初当選
総務政策常任委員会 副委員長
防衛議員連盟 事務局長
森林林業活性化促進議連盟 監事
2020年
厚生常任委員会 副委員長
2021年
文教警察企業常任委員会委員
地域振興対策特別委員会 委員長
現在、自由民主党宮崎県連女性局長(2017年〜)
夫と2人で小松台在住
子ども2人、長男(海外)、長女(県外)

社会貢献活動として

(2011年3月まで)
宮崎県社会教育委員
宮崎県生涯学習審議会委員
宮崎県立美術館協議会委員
宮崎市男女共同参画社会づくり推進審議会委員
小松台地域自治区地域協議会委員
(現在)
小松台地域まちづくり委員会委員
国際ソロプチミスト宮崎メンバー